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はぐろ庵について

東北の霊場、出羽三山にその名を連ねる羽黒山
昭和39年 羽黒山・出羽神社の宮司さんから、羽黒山の歴史や自然を
多くの人に知ってもらいたいということで、
山形特産のそばに羽黒を冠した「羽黒そば」製造のお話をいただきました。

以来、「羽黒そば」は出羽神社に奉献し神楽にてお祓いをうけて販売するようになり、
羽黒山の名物としてその名を知られるようになりました。

「羽黒そば」は、半世紀以上(!)にわたり城北麺工の看板商品として歴史を刻んできました。
はぐろ庵」は、「羽黒そば」と同様、お客様から末永く親しみ愛され、
また、羽黒山を 通じて全国の人に「山形」を知ってもらいたいとの思いを込めて名付けました。

羽黒山について

羽黒山五重塔

山形県中西部、出羽山地西部の丘陵性の山頂一帯をさし標高は 414メートル。

月山、湯殿山とともに出羽三山と称し、古くから羽黒修験の霊場として繁栄してきた。山頂付近に出羽神社が鎮座し、月山神社、湯殿山神社をあわせた三神合祭殿がある。広大な境内には、国宝の五十塔、羽黒山修験本宗の本山荒沢寺などと、神仏習合時代の名残をとどめる建造物や旧跡が多い。 また、国の重要文化財の梵鐘、銅鏡を収めた出羽三山歴史博物館もある。西麓の手向(とうげ)は羽黒山の門前集落で、重要文化財の黄金堂があり、現在も40近い宿坊が軒を連ねる。

手向からの表参道は約1.7キロメートル、樹300〜500年の特別記念物の杉並木が続くなかを約2500段の石段を登って山頂に至る。手向から山頂までの有料道路もあり、さらに山頂から月山八合目までの自動車道路が通じ、夏季は定期観光バスが運行される。

山伏

出羽三山とは羽黒山・月山・湯殿山の総称で、崇峻天皇の御子である蜂子皇子の開山である。皇子は、蘇我氏の難を避け、海路を経て出羽の国に入られた。

そして三本足の霊鳥の導くままに羽黒山に入り、難行苦行の末羽黒権現の御示現を拝し、羽黒山頂に羽黒山寂光寺を建立して奉仕したという。

次いで皇子は、月山、湯殿山を開き両神を羽黒山に勧進し羽黒三所大権現と称した。その後、皇子の御徳を慕い、加賀白山を開いた泰澄大使や修験道の祖と云われる役の行者や、真言宗の開祖弘法大使、天台宗の開祖伝教大使とその弟子、慈覚大使なども来山して修行したとも伝えられている。

こうして皇子修行の道は次第に発展して羽黒派古修験道となり全国に名を知られ、時代を重ねるにつれ人々の厚い信仰を集めることとなった。三山は、神仏習合時代には真言宗を中心に八宗兼学の山として奉仕し、江戸時代に入って天台宗に改め奉仕してきたが、明治維新に際して神仏分離し、古への神奈備山にかえった。

羽黒山参道

延喜式によれば、月山神社は名神大社、出羽神社は小社に列せられた古社であったが、明山伏治維新の神仏分離を経て、月山神社は官幣大社に、出羽・湯殿山の両神社は国幣小社に列せられた。

さまざまな制度上の変革を経ても、 人々の三山に寄せる信仰そのものは昔のままに持続され今に及んでいる。

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